2月1日メッセージ「主と対話、対座しよう」

ごめんなさい<(_ _)>
先週の“明日のメッセージは・・・”をUPするのを忘れていました。
本来なら、寒さで気が引き締まるはずなんですがねぇ・・・。
どうもすみません。


ということで、今週のメッセージは・・・
聖書)エレミヤ書1章4~13節から語られました。

イスラエルの民に神の言葉を告げる預言者として選ばれた若いエレミヤ。
彼にとって、この選びは負いがたく、あまりにも大役すぎる・・・そう思えた。

「あぁ、わが主なる神よ
わたしは語る言葉を知りません。
わたしは若者にすぎませんから。」

そう言うエレミヤに、主は応えられた。

「若者にすぎないと言ってはならない。
わたしがあなたを、だれのところへ遣わそうとも、行って
わたしが命じることをすべて語れ。
彼らを恐れるな。
わたしがあなたと共にいて
必ず救い出す」

エレミヤは、主との対話、対座の中で召命を受けたのである。

1.主の言葉を伝えるためには、主との対話、対座が必要である。
主はエレミヤに語られた。
そして、エレミヤの謙遜ともとれる言葉に対して、そう言ってはならないと言われたのである。
主は、私たちにも語っておられる。
主が語ろうとされているとき、私たちは何を思い、どうしているだろうか?
自分のことを伝えるだけで終わってしまっていないだろうか?

主は、私たちに何を語ろうとされているのか?
それを知るためには、私たちは主と対話し対座して、深い交わりをもたなければならない。
そこで初めて、主の思いを知ることができるのである。

2.主に従うこと。
エレミヤは、若者にすぎなかったかもしれない。
しかし、主と対話、対座して、その後主に従ったのである。
主が命じることを語る預言者となっていった。
私たちには、様々な思いがある。
時として、それは主の思いと違っているかもしれない。
けれども、エレミヤが主に従うことを選び取っていったように、
私たちも主に従うことを常に選ぶ者になろう。

3.主は、私を通して、主のわざを進めようとされている。
主は、若者エレミヤを選び、主のわざを担う者とさせられた。
主は、ご自身のわざを私たち人間を通してなさろうとされるのである。

主は私たち一人ひとりを選び、私たちに語っておられる。
私たちと対話し、対座して深く交わり、
交わるだけでなく、主のわざを担う者とされているのである。

―だから、わたしたちは、はばからずに次のように言うことができます。
「主はわたしの助け手。
わたしは恐れない。
人はわたしに何ができるだろう。」
あなたがたに神の言葉を語った指導者たちのことを、思い出しなさい。
彼らの生涯の終わりをしっかり見て、その信仰を見倣いなさい。(聖書)―



見た目・・・近づきにくい人っていますよね?
でも、案外しゃべってみるとそうでもないことってよくあります。
それも、みんなで話しているときにはわからなかったけど、
一対一で話してみると、思っていたのと違った・・・って経験もありますよね?
人は、対話してみないとわからないものです。
しかも、一対一になって、じっくり話してみないとわからないことなんてたくさんあります。

神様って・・・近づきにくい?よくわからない?
いえいえ、意外にそんなことないですよ。
対話し、対座してみると、案外そうでもない!
じっくり話してみると、思っているよりずっと、
神様がぐっと近づいてくださっていることに気がつくはずです。




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