12月14日メッセージ「神の国を求めなさい」

12月第3週、そろそろ一年の終わりを感じる今日このごろ・・。
みなさん、いかがお過ごしですか?
クリスマスも近づいてきています。
イエス様の足音が聞こえてきませんか?


今週のメッセージは・・・
聖書)ルカによる福音書12章22~34節から語られました。
(聖書内容は→こちら

この聖書の箇所は有名である。
この聖句が好きな人もたくさんいるだろう。
ここを読むとき、私たちは慰めや励ましを与えられるからである。

ここから見ていきたい2つのポイント。

1.信仰の薄い者たち
イエス様をこの言葉を弟子たちに語りながら、途中でイエス様の心を表された。
それが、「信仰の薄い者たち」である。

イエス様がこの言葉を言われるとき、大抵少しあきれた様子や少しの怒りが表されている。
どうして疑うのか?まだ信じないのか?まだわからないのか?・・・というのが、他の箇所には共に書かれている。

イエス様は単に慰めるため、励ますためにこの言葉を語られたのではない。
イエス様は、これらの言葉と“信仰”を結びつけて言われたのである。

イエス様についてきた弟子たちは、他の群集と同じように、
自分たちの状況と生活をどうにかして欲しいと願っていたのかもしれない。
しかし、イエス様は、信仰は私たちの命や生活に密着していることを示した。

イエス様を信じるということは、私たちの生活を管理してもらうためのものではない。
私たちの命も生活も、今の状況も神様にゆだねていくことだ。

なぜなら、神様は私たちの一切の必要を知っておられ、与えてくださるのだから。

2.神の国を求めなさい
イエス様は弟子たちに「信仰の薄い者たち」と言われた後、
彼らに“信仰”というものを教えてくださった。

それが、「神の国を求めなさい」である。
イエス様を信じるということは、神の国を求めることなのである。

神を信じる者は、神の国を求めるのだ。・・・いや、求めることができるのだ。
地上のものではありえない神の業を、
人知をはるかに超えた神の働きを、
私たちは、この地上で、私たちの生活で見ることを望む・・いや、見ることができるのだ!

そして、神を信じる者に神の国を与えることは、父なる神の喜びであり、御心なのである。
だから、思い悩まなくてもいい。恐れなくていいとイエス様は言われたのである。


クリスマスの時、
受胎告知を受けたマリヤが、ただ神様のなさることを信じて、のちに神の大きなみ業をみることができたように、
夢での語られたヨセフが、ただその言葉を信じて、のちに神の力と助けを受けて、神の働きを見ることができたように、
私たちも、神を信じて、神の国を求めていこう。
神は、私たちに神の国を与えてくださるのだから・・・。



昨日、間寛平さんが世界マラソンをスタートさせました。
約3年半をかけて、世界を走るわけですが、
きっと、「その目的は?」と聞かれても答えられないんじゃないかな?と思います。

私たちも何かをするとき、まずその目的を考えます。
目的を考え、その先を見据えて、利益や効果をあらかじめ考える・・・これはとっても大事なことです。
でも、私たちは神様のなさることすべてをはかり知ることはできません。
神様を信じることは、AかBかを選ぶことや、損得勘定や、はては理解できるとかできないとかではないのです。

だから、ひたすら神様を信じて走る・・・。
走るために必要なものはすべて神様が備えてくださるし、
疲れたときには休みを与えてくださるでしょう。
雨であっても、風であっても、ただ信仰を持って走る。
そうすれば、必ずゴールで、神の国を見ることができるのです。

「その目的は?」と聞かれるなら、私たちは「神の国」と答えることができる。
たとえその時は理解できなくても、神の国のあらわれるとき、人々は神様をみることができるはずです。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック