12月9日メッセージ「時満ちて」

今週の日曜日は、市民クリスマスがありました。
すばらしい賛美と、すばらしいメッセージを聞いていて、
イエス様というお方が私たちにとって本当に必要であるということがわかりました。

第2アドベントです。
心から主に感謝して過ごしていきたいものです。


さて、今週も遅くなってしまって申し訳ありません。
今週のメッセージは・・・
聖書)ルカによる福音書2章6,7節から語られました。
(聖書内容→http://himejichurch.at.webry.info/200712/article_5.html

マリアは「月が満ちて」男の子を生んだのであるが、
それは単に十月十日をあらわすのではなく、
「神の時が満ちて」男の子を生んだという意味である。

イエス様は決してみんなから祝福されて生まれたわけではなかったが、
神にとって良しとされた“時”にお生まれになったのである。

イエス様はなぜこの時代にお生まれになったのか?
そして、なぜ多くの人にご自分を現さなかったのか?

そこには、神の時があったのである。
イエス様がお生まれになったとき、
ギリシャ語がその世界一体の共通語となり、交通網も整えられていた。
ローマの支配下にあったとはいえ、ある一定の治安も保たれていた時代だったのである。

この時代を神が選ばれ、時満ちてお生まれになったイエス様は、
そのご生涯の中で、私たちに大事な時を示してくださった。
それが、イエス様の十字架である。

イエス様は確かにご自身を隠すような発言をされたりしたこともあった。
しかし、それはご自身を現さなかったののではなく、
イエス様の“時”-十字架をより多くの人に知らしめるためだったのである。

時満ちてお生まれになったイエス様は、
時満ちて十字架の業を成してくださったのである。

クリスマスはイエス様の誕生日であり、
神の救い、
十字架による罪のゆるしとあがない、
神様の愛が私たちにもたらされた日である。


イエス様は、その生涯をかけて神を示し、
そのいのちをもって、十字架による業を成し遂げてくださった。

イエス様がお生まれになったということは、
私たちの前にすでに神の救いがおかれたということである。
だから、私たちに悩みや困難があったとしても、
信仰の歩みをし、マリアのように神にゆだねていくなら、
私たちの労苦は神によって報われる時がくるのである。
なぜなら、神の救いは私たちのところにすでに来てくださったのであるから。

神の時の中に入れられている私たちは、
神の時の満ちるのを待ち望みつつ、主イエスをあがめ従っていこう。


「すべてのことに時がある」
聖書に書かれている言葉です。
その時を知ることができたらどんなにいいだろう・・・と思うこともあります。
でも、すべての時を知ることはできません。
というよりも、ほとんどは知らされていません。
だから、悩み苦しむ・・・それが私たち人間なのかもしれませんね。

でも、私たちは時を司る神を知ることはできます。
この神は、私たちを神の時の中においてくださり、時満ちるに及んで、その業を成される方。
そして、イエス様は、人の痛み苦しみのすべてを味わわれた方。
私たちに知ることができないことがあったとしても、
私たちのすべてを知って、なおかつ共にいてくださるお方がおられるなら、
こんなにすばらしいことはないのではないでしょうか?

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

ざくろ君
2007年12月15日 23:03
今年は、特に待ち望むことが多いです。神様の時が満ちて、来年はいろいろ実現するといいなぁ、と考えています。
管理人
2007年12月15日 23:45
>ざくろ君さん
コメントありがとうございます。
待つということには忍耐が必要なことがありますよね・・。
でも、変わらないことは神様に愛されているということだと思います。
神の時の実現を待ち望みつつ、信仰の歩みを続けていきたいですね。
ざくろ君
2007年12月17日 23:09
ありがとうございます。寒くなりましたから、お体をご慈愛なさって、楽しいクリスマスをお迎え下さい。
管理人
2007年12月18日 01:12
>ざくろ君さんも、よいクリスマスをお迎えくださいね!!

この記事へのトラックバック